狭い路地
これは、夫が子どもの頃に体験したという話です。
小学5年生の夏休み、父親の実家に帰省していました。
祖母からもらったスモモをかじりながら、蒸し暑いなか、近所を散策していた夫。
やっぱり田舎はつまらないな……。
そんなことを考えつつふと右手をみると、細い路地が見えました。
なんで、これまで気が付かなかったんだろう。
道の両脇にはずらりと隙間なくお店が並んでいるものの、すべての店のシャッターが閉じられており、異様な雰囲気を醸し出しています。
きっと、大人になった今ならそんな怪しい場所に近寄ることはないでしょう。
しかし、幼く好奇心旺盛だった夫はその路地に足を踏み入れてしまったのです。
誘う子ども
時刻は13時を過ぎたころ。
まだ日は高く上っているはずなのに路地は薄暗く、天井から吊り下げられた照明が足元を照らします。
夫は歩きながら周囲の看板や貼り紙を眺めていたそうですが、路地を進めば進むほど妙な感覚にとらわれていきました。
なぜなら、書かれている文字がデタラメな日本語になっていて、まったく読めなかったからです。
「これ、なんて読むんだろう……?」
思わずその場に立ち尽くした夫の耳に、突然子どもの声が響きました。
「○○に行きたい?」
驚きながらあたりを見回すと、いつの間にかシャッターがひとつ開いており、その中から90度横に倒れて地面と平行になった子どもの顔がじっとこちらを見ています。
子どもの顔つきは明らかに自分より年下なのに、なぜかその位置は夫が見上げるところにありました。
「え……?」
聞いたことのない地名と不気味な子どもの姿に戸惑い、思わず後ずさった瞬間、照明が消えて広がる暗闇。
開いたシャッター
「○○に行きたい?」
今度は四方から老若男女のさまざまな声が聞こえました。
再び明るくなるとすべてのシャッターが開いており、そこから覗く人、人、人。
「ヒッ……!!」
夫はとうとう恐ろしくなり、きびすを返して走り出そうとしたのですが……。
「行っちゃうの?」「○○行かない?」「寂しい」「食べてしまえば寂しくないよ」「そうだ、食べよう」「食べよう」
ガチン、ガチン、ガチン。
歯をぶつけあうような音とともに、シャッターの中から白い腕が伸びてきたのです。
夫は手に持っていたスモモを投げつけ、なんとか路地を抜けたのでした。
……おそらく、夫は悪い夢を見ていたのでしょう。
しかし、その体験がよほど恐ろしかったのか、彼は大人になった今でも酒に酔うと必ずこの話をしていました。
そんな小心者の夫ですが、1年ほど前に大胆なことをしでかしましてね。
会社の後輩と不倫をしていたのです。
私は子どもたちのために再構築の道を選びましたが、心の底では夫を深く恨んでいました。
夫の現在
……私たち夫婦に転機が訪れたのは先月のこと。
夫が交通事故に巻き込まれ、肢体不自由を余儀なくされたのです。
今、夫は寝たきり状態。
一日のほとんどの時間をうつろな意識のなかで過ごしています。
だから私はちょっとした復讐のつもりで、毎日彼の耳元でこう囁くのです。
「あなたはいま、両脇をシャッターで囲まれた長く暗い路地に立っています」
恐怖で引きつる夫の顔を見るのはたまらなく楽しいですよ。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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