祖父母の家
あれは、母が妹を妊娠していたときのことです。
出産を控えた母が入院し、僕は小学3年生の夏休みを田舎にある祖父母の家で過ごすことになりました。
頑固者ですが明るいおじいちゃんと、いつも僕を気にかけてくれる優しいおばあちゃん。
2人と過ごす生活は物珍しく楽しかったものの、住み慣れない日本家屋は夜になるとなんだか不気味で……。
天井から時折聞こえるミシミシという音や、仏間に飾られた白黒の遺影がとても恐ろしく思えたものです。
それでも、1週間、2週間と過ごすうちに家の雰囲気には慣れていきます。
だからあの日も、深夜に目が覚めた僕は寝静まった祖父母を起こすことなく、ひとりでトイレへ向かったのです。
男の声
用を足して、寝室に戻ろうとしたとき。
横切った廊下の奥から、不審な音が聞こえました。
「〜〜、〜〜」
何を言っているのかはっきりとはわかりませんが、それは男性がうめく声です。
音は暗い廊下の先にある、ピタリと閉じられた木製のドアの向こうから聞こえてきます。
この家には、祖父母しか住んでいないはず……。
僕は途端に恐ろしくなって、足音を殺しながら寝室へと駆け込んだのです。
それから一睡もできなかった僕は、朝方起きてきた祖父母に一生懸命自分の体験を話しますが、彼らの反応は妙なものでした。
「……それは犬だよ」
「そうよ、犬よ」
ははは、と笑って話を終わらせようとする祖父母に、僕はもう一度訴えます。
「でも、あれは……」
「その話はもうやめなさい」
僕の言葉を遮るおじいちゃんの低い声。
2人に厳しく見つめられ、僕はもう何も言えませんでした。
開いたドア
その日以降、祖父母はしきりにこう言うようになったのです。
「廊下の奥の部屋は物置で危ないから、近づいてはいけないよ」
僕自身も気味が悪くてあまりあの部屋には近寄らないようにしていたのですが、ある日の夕方、ふと廊下の先をみると固く閉ざされていたはずのドアが開いていたのです。
ギシッ、ギシッ。
息を潜めながらそっと部屋の中を覗きます。
そこは物置などではなく、がらんとして埃っぽい和室。
壁に窓はなく、廊下から入る光以外は一切明かりがありません。
ふと視線を鴨居に移すと、そこには小さな祭壇のようなものがありました。
僕は近くで観察したくなり、祖父母の忠告も忘れて部屋に足を踏み入れます。
ぼうっと天井を見上げていると、突然体が硬直し、一切動けなくなりました。
ズズ……、ズズ……。
その場で固まった僕の周りをぐるぐると視えない何かが這っています。
次第にその音には、犬のように荒い男の息遣いが混じっていきました。
ハアハアッ、ハアハアッ。
「ここから出せ」
「俺は神の子だ」
「お前たちを呪ってやる、呪ってやる」
すえた匂いが鼻を突き、僕の意識は次第に遠のいていきました……。
犬
目を覚ますと、そこは病院。
祖父母からはずいぶん叱られましたが、同時に「生きていてよかった」と何度も抱きしめられました。
確かに、僕は生きています。
……しかし、何事もなかったわけではありません。
数日後、母が産んだ赤ん坊はすでに冷たくなっており、その容姿はまるで犬のように顔が前方に伸びた奇妙なものだったのです。
それから母は精神を病んでしまい……、夜になると暗闇の中で「ウウ、ウウ」と唸るようになりました。
「お前たちを呪ってやる」
そう僕の耳にささやいたものは一体なんだったのでしょうか。
僕自身はあれから暗い部屋にいると、何かがすぐ側を這いずる音が聞こえるようになり、就寝時にも電気を消せない体質になってしまいました。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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