希望に満ちたひとり暮らし
これは、私が念願のひとり暮らしを始めたときの話です。
貯金は少なく、親からの仕送りもあまり期待できなかった私。
不動産屋さんに無理を言って、やっとのことで駅近の格安物件を見つけてもらいました。
写真で紹介されたその家は設備が古く、お世辞にも綺麗とは言えません。
しかし、「これで私も自立できる」と嬉しく思ったことを覚えています。
「この家を見学したいです!」
私は不動産屋さんに伝え、そのまま内見へと向かいました。
しかし、なにかがおかしいのです。
私が希望した場所は、2階建てアパートの2階の角部屋。
小さなアパートで、エレベーターはありません。
2階に行くには階段を使う必要があります。
その階段の踊り場で、私は背筋がゾクリとする妙な感覚に襲われました。
「なんか……嫌な感じ」
「え?なにかご不明点がありますか?」
私の一言に動揺した不動産屋。
おそらく、彼に対するクレームだと思ったのでしょう。
私は誤解であることを伝え、部屋の中もぐるりと確認しました。
家の中は想像より広く、立地や家賃も理想的。
先程の妙な感覚が気になりますが、これ以上の物件はないと決心し、そのまま契約しました。
妙な感覚
その後、無事に引っ越しを終え、新生活が始まりました。
ひとり暮らしに浮かれていた私ですが、少し憂鬱なこともあります。
あの階段を使うたびに、背中がゾクッとして全身に鳥肌が立つのです。
気のせいだ、となんとか自分をごまかしていましたが、気になることは他にもあって。
私の部屋は日当たりがよく、昼間は窓を開ければ涼しい風が流れてくるのに、夜になると異様に蒸し暑く、窓を開けてもなかなか熟睡できません。
あの日もベッドに入ったはいいものの、なかなか寝付けず、ごろりと寝返りをうった瞬間。
体が氷のように動かなくなりました。
(まさか、金縛り……?)
恐怖に慄きながら、動かせるところがないか布団の中で確かめていきます。
足も、手も、それどころか指一本も。
ピクリとも動きません。
しかし、まぶただけはビクビクと引きつり、力を入れれば開けそうです。
私は何かに誘われるかのように、ゆっくりと目を開けました。
異様な光景
(え!?なに、これ………)
目の前に広がっていたのは、信じられない光景。
「立入禁止」と書かれた黄色いテープが部屋中に張り巡らされていたのです。
そして、その中から伸びてくる無数の手。
「熱い」「苦しい」「助けて」と苦痛に歪んださまざまな人の声が聞こえました。
やがて、なにかを探すようにもがいていた1本の手が、私の方に真っ直ぐ伸びてきます。
他の手も、つられるように私の目の前までやってきて………。
「掴まれる!」と思った瞬間、私は失神してしまったのです。
アパート以前
ふと気がつけば、朝でした。
私は昨晩の光景が夢だとは到底思えず、近くに住む大家さんに話を聞きにいきます。
「あのアパートって、なにか……事件とか起こっていませんか?」
「いや、うーん。アパートでは何も起こっていないんだよ」
困ったような顔で彼は続けました。
「でも、ウチがアパートにする前は、もともと工場でね?火災を起こして何人か亡くなっちゃったらしいんだ……」
私が昨晩見た手の正体は、炎の中から助けを求める作業員たちの手だったのかも。
現場を封鎖する黄色いテープが無情に思えました。
そんなことを考えているとはつゆ知らず、大家さんは私を安心させようと、さらに言葉を続けます。
「でもね?ちゃんとお祓いもしたし、今は大丈夫だと思うんだけど……」
私は大家さんにお礼を言い、その場で退居したい旨を告げました。
次にあの封鎖線が現れたとき、私はきっと無数の手に引っ張られ、あちら側に連れて行かれると思うから。
(あっさー/女性/30代後半)
※この記事は読者から寄せられた体験談を元に、一部編集を加えて作成しています
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