Kハイツ
私がソレを初めて見たのは、小学1年生のときでした。
肌に湿気がまとわりつく、ジメジメと蒸し暑い梅雨の時期のことです。
その年の春に父親の仕事の都合で関東に引っ越した私たち一家。
Kハイツというアパートで新生活を始めました。
最寄り駅までは徒歩10分ほど。
都心へのアクセスもそれなりに良かったKハイツですが、建物は全体的に年季の入り、どこか陰鬱な印象です。
さらに日当たりも悪かったため、アパート内はどこにいても薄暗く、幼い私はとてつもない恐怖を感じていました。
「前の家に戻りたい」
そう言って泣いては、よく両親を困らせていました。
そして、私がとくに恐怖を感じていたのは、私たちが住む階の突きあたりにある部屋です。
郵便受け
ある雨の日、授業を終えて自宅に帰ってきた私は、ランドセルにしまった鍵を探していました。
両親は共働きで帰りが遅く、私はいわゆる鍵っ子でした。
どこにしまったんだろう、たしかこの辺に入れたはず……。
重たいランドセルを廊下におろして中を探っていると、視界の外からキィ……と小さな物音が聞こえました。
それは金属が触れるような、軽い音。
私は顔をあげ、辺りを見回します。
「あっ……」
廊下の突きあたりにある部屋の郵便受けが開き、その隙間から覗く2つの目玉。
高さは、ちょうど私の目線と同じくらい。
目をそらす暇もなく、視線がぶつかります。
「おいでぇー、おいでぇー」
ドアの向こうから低い男の声が響いたかと思うと、2つの目玉はそのままに郵便受けから太い腕が伸びて、こちらを手招きました。
「や、やだ!!」
恐ろしさのあまり、私はランドセルを置いたままアパートの階段を駆け下り、エントランスホールを飛び出ます。
気持ち悪い、気持ち悪い。
なんで私を呼んだの……。
ガタガタと体を震わせながら道路に座り込み、母の帰りを待ちました。
不可能
「あの部屋は空室だって。入居するときに大家さんが言っていたわよ」
ようやく帰ってきた母は、怪訝な顔でそう言いました。
小学1年生のつたない語彙で一所懸命話しているのに、真剣に取り合ってくれません。
ぶすくれた私は母に引きずられながら家に戻り、「本当に変な男がここから覗いていたんだよ……」と自宅の郵便ポストを指さしました。
そのとき、さらに恐ろしいことに気づいてしまったのです。
ドアの郵便受けには、投函された郵便物を受け止めるためのカバーが付いているため、隙間から外を見るのは不可能。
たとえカバーを取り外していても、せまい郵便受けの隙間から視界を保ちつつ腕を差し込むことなど、子どもの私でさえ、無理なことは明らかでした。
(……え?
じゃあ……さっきの?)
空室のはずの部屋にいたあの男の正体は?
その後も毎年、梅雨の時期には廊下の突きあたりの部屋から時折視線を感じましたが、気づかぬふりをして過ごした私。
あれは、見えてはいけないもの。
そう心の中で呟いて……。
結局、Kハイツには高校を卒業するまで住み続けましたが、私は今でも金属製のドアについた郵便受けをまともに見れません。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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