夜中に封鎖された受付
入院病棟の夜勤バイトをしていた頃のこと。
古い病院で、昼間は外来が賑わう一階も、夜間は封鎖され、静まり返る。
蛍光灯の半分は消され、ナースステーションと処置室だけがぼんやり明るい。
誰かが歩くと、床のワックスがきしむような音を立てた。
深夜2時すぎ。
コーヒーを買いに一階に降りたとき、薄暗い廊下の先に、なんとなく気配を感じた。
……誰かが立っている?
受付の前。長い髪の女。
顔ははっきり見えなかったが、こちらを向いている気がした。
彼女は動かない。
ただ、じっとこちらを見ていた。白衣ではなかった。
何か白っぽい服を着て、細い肩をすぼめている。
入り口も閉まっているため、人が入ってくるはずはない。
それなのに、私は口を開いてしまった。
「……何かご用ですか?」
返事はなかった。
ただ、首を少しだけかしげたように見えて――ふっと、そこから消えた。
時間が止まったままの場所
女が立っていたのは、昔の公衆電話置き場の前だった。
今は電話もなく、ただ使われていない書棚と、埃をかぶった備品が置かれているだけ。
その脇に、封印された古い番号札の機械があった。
もう使われていない。
コードも外され、ボタン部分には「故障中」と書かれたテープが貼られていた。
それでも、そのとき――
機械の表示が、かすかに点滅しているように見えた。
赤く、弱々しく、数字がちらついた気がした。
私は疲れていたから、見間違いかと思った。
でも、足が勝手に止まっていた。
何も音はしなかった。
けれど、どこかで“順番を待っている人”がいるような気配がした。
まだ待ち続ける者
翌朝、ナースステーションで他の看護師に話すと、苦笑いされた。
「出た?一階、たまにいるらしいよ」
「誰なんですか?」
「さあね。番号札、取ったまま呼ばれてないんじゃない?」
冗談みたいに言われたが、言い方にはどこか現実味があった。
私が見たのも、まさに――番号札の機械の前だった。
それからというもの、階下に降りるたびに、私はその場所を意識するようになった。
誰もいない。
けれど、あの角を曲がるたびに、ふと胸の奥がざわつく。
今夜も、ふとした拍子に受付前の廊下を見てしまった。
誰もいない。
ナースステーションの明かりだけが遠くから漏れている。
埃をかぶった番号札の機械だけが、なぜか目に入った。
動かないはずの機械。
電源が落ち、テープで封じられたはずのその機械から――
「ピッ……」
電子音が、廊下に響いた。
反射的に立ち止まる。
誰かが番号札を取ったのだ。
誰もいないはずの受付で。誰にも呼ばれないはずの場所で。
あの女は、今もまだ――
順番が呼ばれるのを、待っているのかもしれない。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆斎 透(さい とおる)
noteにて短編小説を執筆中の、犬と暮らすアラサー女子です。
やるせない夜にそっと寄り添うような文章をお届けしています。
幼い頃から、オカルト好きな母と叔母の影響で、不思議な話に夢中に。
「誰でも一つは、背中がひんやりする話を持っている」をモットーに、
ゾッとするけど、どこか温度のある物語を綴っています。
美容やキラキラした話題に疲れた夜、よければ一編、覗いてみてくださいね。
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