使われなくなった鉄階段
俺が勤める町工場は、戦後から続く古い建物をリノベーションしたものだ。
正面には新しいアルミの階段が設置され、職員も来客も、そこから二階の事務所へ上がる。
一方、裏に残された鉄の階段は錆びつき、下の六段がすでに抜け落ちていた。
人が使える状態ではなく、危険だからと立入禁止になって久しい。
誰も近づかないし、誰も気に留めない。
──あの夜までは。
残業の果てに
帳簿整理のために残業していた夜、工場の機械は止まり、建物は静寂に包まれていた。
の針の音だけが響く中、ふと耳に「カン……カン……」と金属を叩く音が届いた。
裏の鉄階段だ。
錆びた段を一歩ずつ踏みしめるように、確かに誰かが上っている。
だが、おかしい。
その階段は下の六段が抜け落ちている。
人間が足をかけることなどできないはずだ。
「風で何かが揺れているだけだろう」そう言い聞かせたが、音は途切れず上へ、さらに上へと進んでいく。
事務所の窓の高さに差しかかったとき、鉄がきしむ不快な音が響いた。
扉の前にいたのは
恐怖に耐えきれず、表の階段から外に出た。
そこで帰ればよかったのに、好奇心に勝てなかった。裏に回り、確かめてしまったのだ。
月明かりの下、錆びた階段の最上段に立っていたのは──俺と同じ作業着を着た“膝から下”だけの足だった。
膝から上は影すらなく、鍵のかかった裏のドアに向かって直立している。
思わず「あ……」と声が漏れた。
その瞬間、足がこちらに向き直り、錆びついた段をカンカンと鳴らしながら駆け降りてきた。
無我夢中で逃げた。
事務所の灯りも荷物もそのままに、全速力で。
翌朝戻ると、事務所の電気はまだ点いたまま、帳簿も机の上に置きっぱなしだった。
鉄階段は昨日と変わらず、錆びたままそこにある。
それ以来、残業はきっぱりやめた。
仕事は朝やればいい。
──またあの足に追いかけられたら、たまったものじゃない。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆斎 透(さい とおる)
noteにて短編小説を執筆中の、犬と暮らすアラサー女子です。
やるせない夜にそっと寄り添うような文章をお届けしています。
幼い頃から、オカルト好きな母と叔母の影響で、不思議な話に夢中に。
「誰でも一つは、背中がひんやりする話を持っている」をモットーに、
ゾッとするけど、どこか温度のある物語を綴っています。
美容やキラキラした話題に疲れた夜、よければ一編、覗いてみてくださいね。
●note:https://note.com/sai_to_ru
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。

