ストーカー
あの出来事が起こる数週間前から、私はストーカーに悩まされていました。
会社からの帰り道に背後をつける足音を聞いたり、玄関先に置いていた物が忽然と姿を消したりするのです。
警察にも相談したものの、「自宅周囲の巡回を増やす」という対応にとどまり、状況は何一つ変わりませんでした。
次第に私は家の中にいても誰かに監視されているような感覚を覚えるようになり、心も体もすっかり疲弊してしまっていたのです。
そんな、ある雨の夜。
仕事を終えた私は、いつものように周囲を警戒しながら夜道を歩いていました。
パチパチと傘を叩く雨音に混じって、背後から誰かがそっと歩み寄ってくる気配を感じます。
一定の間隔で近づいてくるその足音に恐怖を感じ、私はカバンにつけた防犯ブザーを握りしめました。
人影
しかし、そのとき。
前方になにかの視線を感じ、ふと顔を上げます。
濡れた路面の先に立つ、背の高いの1人の男性。
スーツ姿に帽子を目深にかぶった男性はこちらをじっと見つめていますが、その輪郭は蜃気楼のようにぼんやりと揺らめいています。
あの姿は、まさか……。
喉の奥から言葉がこぼれました。
「おじいちゃん……」
それは、数年前に亡くなった祖父でした。
私を守ろうとしている……?
そう直感した私は背後に迫る恐怖から逃れるため、祖父の元へと駆け寄ろうとしましたが……、慌てて足を止めます。
半透明の幻影のような男性が、口元をぐにゃりと歪ませたからです。
微笑みというにはぎこちなく、嘲笑うような感情の伴っていない不気味な笑み。
その不自然さに本能的な恐怖が走り、全身の毛が逆立つ感覚を覚えました。
「おじいちゃんじゃ、ない……」
つぶやいた瞬間、男性はゆっくりとこちらに向かって足を踏み出しました。
“ズズ……ズズ……”
靴底を引きずる音が雨の夜道に響きます。
逃げなきゃ……!
しかし、背後にも確かに人の気配が迫っており、私は震える足を奮い立たせ、とっさに細い路地へと逃げ込みました。
狭い路地
私の背中を追う足音。
しかし、すぐソレは止み、代わりに男性の声が聞こえました。
「は……?なんだよ、お前」
聞き覚えのあるその声に驚いて振り返ると、立っていたのは会社の上司であるT川さん。
「え……まさか、T川さんが……?」
ストーカーの正体が身近な人物であったことに、私は胸がスウッと冷えていくのを感じました。
ところが、そんな私には目もくれず、T川さんが視線を向けているのは正面。
あの蜃気楼のような男性が立っていた方向です。
“ズズ……ズズ……”
雨に濡れた路地に、足を引きずりながら歩く不気味な音がこだまします。
私はT川さんに背を向け、狭い路地を走り出しました。
「おい、なんなんだよ!……え?あ、やめ……」
怯えるように震えていた声が、ぷつりと途切れます。
何が起きたのかと不安を感じたものの、私が再び振り返ることはありません。
雨に濡れるのも構わず、狭い路地を必死に走り、私はなんとか無事に自宅へと帰りつくことができました。
出勤
翌朝、私はおそるおそる会社に向かいましたが、そこにT川さんの姿はなく……。
その後も数日間、無断欠勤を繰り返した彼は、社長の判断により「退社扱い」となったのです。
はじめの頃こそ、社内ではT川さんにまつわるさまざまな噂を囁かれていましたが、日が経つにつれ、まるで最初から存在しなかったかのように彼は忘れ去られていきました。
あの雨の夜に現れたのは、本当に祖父だったのでしょうか……。
どちらにせよ、蜃気楼のような男性がストーカーの魔の手から救ってくれたというのは事実です。
私は今でもあの夜道を思い出すたび、深い感謝の念を抱かずにはいられません。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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