佇む男性
近頃は物騒な事件も多いですから、男性であっても身の回りには気をつけないといけないですよね。
つい1年ほど前、僕もそれを実感する出来事がありました。
あの日、僕はどうしても夜中にタバコが吸いたくなり、心配する妻を置いて中古で購入したばかりの新居を出たのです。
閑静な住宅街に流れる空気は穏やかで、真夏といえど夜は心地よい風が体を吹き抜けていきます。
そうしてのんびりと近所のコンビニまで歩き、目当てのタバコを買って、帰路についたときのこと。
自宅の囲む塀の前に、見知らぬ男性が立っているのを見つけたのです。
鈴木さん
「……あ、あの」
我が家の玄関に向かうでもなく、まるで僕が来るのを知っていたかのようにジッとこちらを見つめる男性。
酒に酔っているような様子もない立ち姿に、強い不信感を抱きました。
「鈴木さんですよね!!」
僕の顔を凝視したあと、男性は夜の住宅街には似つかわしくない素っ頓狂な声をあげます。
「え……?鈴木じゃないですよ」
突然のことに面食らいましたが、僕の名字も妻の旧姓も、鈴木ではありません。
この家を建てた以前の住人が“鈴木”という人物だった可能性もありますが……、今すぐに確認することは難しいでしょう。
戸惑いながら言葉を探していると、男性は目を見開き、怒鳴り声をあげました。
「鈴木さんですよね?!」
「いや、だから……!」
怒りをあらわに詰め寄る男性に、意思疎通のできない獣のような恐ろしさを感じます。
思わず一歩後ずさったその時、僕の脳裏には数日前に妻から聞いた話がよみがえりました。
知っている
『今日、変な電話があってさぁ。男の人の声で“そちらは鈴木さんですか?”ってね。違うって言っても、すごい剣幕で“鈴木さんでしょ!?”って怒るのよ』
その電話の主はこの男性に違いありません。
あのときは、デタラメな番号を打ち込んだ単なるいたずら電話だと思っていましたが、まさか家まで知られているなんて……。
恐怖に駆られる僕に、男性はさらなる追い打ちを掛けました。
「私、昨日もあなたが会社から帰るところを見ていましたから。鈴木さんに間違いありません」
大きな声はそのままに、満面の笑みを浮かべた男性。
ストーカーなのか、狂人なのか……。
とにかく関わってはいけない人物なのだと直感しました。
「え……?ハハ、それってどういうことですか……?」
理解が追い付かず、喉から乾いた笑いがこみ上げてきた、その瞬間。
視界の隅で、何かがキラリと輝いたのです。
輝き
ハッとして近くのカーブミラーに視線を移すと……、そこに映る男性の背後には、ナタのような大きな刃物。
「は?いや、え?ちょっと、まって……!」
殺される。
そう思った途端に足が言うことを聞かなくなり、僕は逃げることもできず、その場に尻もちをついてしまいました。
男性はしばらくの間、こちらを見下ろしていましたが、やがて感情の抜け落ちたような無表情でこう言ったのです。
「ああ、バレちゃったか」
くるりと踵を返した男は、カーブミラーを一瞥したあと、ふらふらと夜の住宅街に消えていきました。
謎
なんとか命拾いした僕は、妻と共にすぐに家を出ることに。
その後、警察から聞いた話によると、あの家を建てたTさん一家も、自宅近くで“鈴木さん”と呼びかける謎の男性に襲われたことをきっかけに引っ越していったそうです。
あの夜に出会った男性はなぜ、鈴木ではない僕たちを襲ったのでしょうか。
わからないことばかりですが、ただひとつだけ確かなことは、あの男性が未だに捕まっていないということです。
もし、あなたが今、中古の一軒家を購入しようと考えているなら……。
あなたが新たな“鈴木さん”にならないことを願っています。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。

