お気に入りの踏切
3歳の息子は、早くから言葉が達者でした。
おしゃべりは一丁前なのに、好きなものは年相応でかわいいところがあります。
救急車を見れば「ぴーぽーきゅうきゅうしゃ!」とはしゃぐし、電車も大好き。
保育園からの帰り道にある踏切も、お気に入りの場所のひとつでした。
目の前で遮断機が下りると、息子がうれしそうに「カンカンカン」と音を真似します。
子どもらしい仕草がかわいくて、私にとってもお気に入りの踏切でした。
遅くなった日の帰り道
ある日、残業が長引いてお迎えが遅くなってしまいました。
「崩れてしまった夜のスケジュールをどうリカバリーしようか?」そんなことを考えながら、息子の手を引いて早歩き。
いつもの踏切で、いつものように遮断機が下ります。
でも、その日は息子が何も言いません。ただ黙って、私の顔を見上げるだけ。
帰宅してから「遅くなってごめんね」と抱っこすると息子は少しくすぐったそうにしました。
「ねえ、今日はカンカンカンって言わなかったね」
「え?だって、ママが言ってたから」
もちろん、私は何も言っていません。
もう眠いのかもしれない。その日はお風呂ではなくシャワーで済ませ、なんとかいつも通りの時間に寝かしつけました。
また遅くなってしまった日
本当に反省して、それから残業はなるべく避けるようにしていました。
けど3か月ほど経った頃、決算期で忙しく、遅くなってしまった日があったんです。
また同じような時間のお迎え。
帰り道、踏切の前で遮断機が下りました。
それまで「早く帰ってごはん食べようね」と機嫌よく話していた息子が、またぴたりと黙り込みます。
そのまま、丸い目で私を見上げてきました。
「あ、ママじゃなかった」
遮断機の音に混じる声
カンカンカン、という遮断機の音に混じって、細い声が聞こえました。
息子の声ではありません。もちろん、私の声でもない。
歌うような、笑い混じりの声でした。
「カン、カン、カン、カン、カン」
息子の視線は、私を飛び越した少し上の方に向いています。
振り返る勇気はありません。
遮断機が上がると逃げるようにその場を離れました。
それから、遅くなりそうな日は夫に迎えを頼むようにしています。
車で、絶対にあの踏切を通らない道を選んでもらって……。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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