新しい家
姉の引っ越しを手伝いに行った時の話です。
中古の一戸建てをリフォームしたって聞いてたんですけど、全然、新築みたいにきれいな家でした。
玄関に入った横に和室があって、とりあえずすぐ使わない荷物はそこに置いておこう、という話になったんです。
押し入れもあるし、ちょうどいいだろうと。
でも、運び込んだ段ボールを入れようと押し入れを開けようとした時、姉の子どもがすごい勢いで止めてきたんです。
「あけちゃだめ!」
甥っ子は5歳で、普段はわりとおっとりした子なんですけど、その時は本気で焦ってるみたいな大きな声で。
押し入れの前に立つ僕の足にしがみついて、開けないで、開けないでって繰り返すんです。
姉は困ったように笑っていました。
「リフォーム工事のときからずっとこうなんだよね。前の家には和室も押し入れもなかったから、慣れてないし不気味なのかも」
押し入れ
それでも、荷物を片づけないわけにもいきません。
「大丈夫、大丈夫。なんもいないよ」
僕は甥っ子を宥めながら、押し入れの襖を開けました。
中は、普通でした。
まだ何も入っていない、空っぽの押し入れです。
「ほら、なんもないよ。見てごらん」
最初は僕にぎゅっと抱きついて顔を伏せたままでしたが、何度か「大丈夫だって」と声をかけるとおそるおそる目をあげます。
押し入れの中を確認してしばらく黙っていましたが、やがて安心したようで、一緒に荷物を運ぶお手伝いをしてくれました。
押し入れに段ボールをいくつかしまって、和室の隅に残りの荷物を寄せて。
姉は台所の片づけ、僕と義兄は家具の組み立て、甥っ子は新しい家が楽しくなってきたのか、さっきまでのことなんて忘れたみたいに廊下を走り回っていました。
あけちゃったでしょ?
夕方になって、ひと通り荷解きも終わりました。
姉は「夕飯食べてく?」と言ってくれたんですが、疲れていたので「また今度ね」と帰ることにしたんです。
玄関で靴を履いていたら、甥っ子がとことこと近づいてきて、僕の服の裾を引っ張ったんです。
「おじちゃん」
しゃがむと、甥っ子は内緒話みたいな小さい声で言いました。
「あのね、さっき押し入れあけちゃったでしょ?だから、おじちゃんのおうちにいくんだって」
「え?」
甥っ子はそれ以上何も言わず、ただ僕の後ろのを見ています。
暗くなりかけた和室の押し入れに目をやると、さっき閉めたはずの襖が、少しだけ開いて見えました。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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