消火器
自分でも、どうしてかわかりません。
ある時から踊り場の消火器が気になるようになりました。
よくある古い設備です。
古い扉に小窓がついていて、赤い消火器が入っている。
最初は、小窓の向こうに見える赤の範囲が妙に小さい気がしたんです。
それからどうにも気になって、通勤前にちらっと見る。
昼間に帰宅した時にもつい見る。
見ればちゃんと消火器が入っているように見えるのに、後から思い返すと、「なんか変じゃなかった?」と思ってしまうんです。
確認
ある日、近所でボヤ騒ぎがありました。
同じ通りとかではなかったんですが、消防車も来て少し騒ぎになったんです。
それで不安になって、自分の部屋の近くの消火器置き場も確認したくなりました。
もしなにかあれば消化器やら消火栓やらを持ち出さないといけないわけですから、当然ですよね。
踊り場の古びた扉は、かなり力を入れないと開きませんでした。
確認してよかった。いざ火事の時にここを開けようとしても、これでは困ってしまいます。
本当に困ったのは、扉が開いて中を確認してからでした。
なぜか中が空っぽなんです。
無い
扉の内側、小窓のすぐ下に、薄く「消火器」と書かれた古いシールの跡はあるのに、中には何も入っていません。
中はほこりっぽくて、底に古いゴミが少しあるだけ。
消火器を置いていた丸い跡すら見当たりません。
私は扉を開けたまま、しばらくその場に立ち尽くしていました。
小窓の向こうに見えていたはずの消化器が、どこにもないんです。
管理会社に電話すると、もっと嫌なことを言われました。
「ああ、あそこねえ、長いこと空なんですよね。かなり前に消化器も全部撤去してて……」
「……そうなんですか?」
「消火栓は位置変えるわけにいかないのでそのままにしてあるんですが……。えーと、階段全部下ってもらったら外壁に新しいのがついてるので、いざという時はそれをお使いいただくようになりますね」
最初から空。
そんなわけありません。
あそこには、なにが入っていたんでしょう。
私はいったい何を見ていたんでしょう。
あの扉の向こうが空っぽだと知った今でも、視界の端で赤いものが動いた気がすることがあります。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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