1泊2000円
俺、バイク乗りなんですよ。
あるあるだと思うんですけど、車体にお金かけたいから、遠出する時も自分自身にお金かけてらんなくて。
削れるとこは全部削るんですよ。宿とかも、よくてカプセルホテル、雨降ってなければ野宿みたいな。
その日は天気が怪しかったので、仕方なく旅行サイトで検索したんです。
そしたら格安の民宿が見つかりました。1泊2000円。
写真が何枚か載ってて、古そうだけどきれいに手入れされてました。
「この値段でこの部屋なら十分じゃん」
そう思って、そのまま予約しました。
案内された部屋は1人用には明らかに広い和室。
「奥の襖は開けないでくださいね、お掃除してないから」
「ああ、はい」
広い部屋ですけど、襖の向こうにまだ一間続いてるみたいでした。
宴会場みたいな作りっていったらわかりますかね?
変わった部屋ではありましたけど、破格ですし、久しぶりに荷物も広げてのびのび眠れました。
儀式
夜中、目が覚めました。
なんか、部屋の中がざわざわしてる。
小学校の全校集会みたいな、体育館に集められてみんな黙ってて、居心地悪い小さな衣擦れがそこかしこで聞こえる。あの空気。
目を開けても誰もいません。
でも、人の気配だけが部屋いっぱいにありました。
正面の襖の向こうから、低い声が聞こえてきます。
男とも女ともつかない声でした。
祝詞なのか、お経なのか、意味のわからない言葉を、何人もで唱えています。
部屋の空気が重くなっていくのがわかりました。
逃げようかと思った時、小さく声がします。
「開けないでね」
女将さんでした。廊下からです。
俺は動くことができませんでした。
その直後、頭の上で「カタ」と音がしました。
天袋が。
ゆっくりと戸が横へ滑って開きます。
暗い隙間から、細くて、異様に白い手が出てきました。
その手が静かに合掌すると、部屋中の気配が一斉に消えました。
祝詞も。衣擦れも。圧迫感も。
何もかもが、ぴたりと止んだんです。
招かれる
翌朝、怖かったのでそそくさと宿を出て、1時間くらい走ったあとでしょうか。バイクで転倒したんです。
見通しのいい道路で、飛び出しもなかった。雨も降っていませんでした。
ただ、夜中に聞いた低い祝詞がヘルメットの内側から聞こえたんです。叫ぶみたいな音量で。
気づいたらアスファルトの上に倒れていて、誰かが呼んでくれた救急車で運ばれていました。
幸い命に別状はありませんでしたが、しばらく入院することになって。
後で調べたら、あそこ、むかし新興宗教の合宿所みたいなとこだったみたいです。
さすがに、安けりゃなんでもいいやとは思えなくなりましたね。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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