温厚な優しい幽霊
私は昔から人には視えないものが視えることがあります。
いわゆる霊感が強いのでしょうが、誰かに話したところで信じてもらえるとも思えず、普段は気付かないふりをしていました。
3ヶ月ほど前から母の通院に付き添っています。
母は重い病気で大きな手術を受けて無事に退院できたものの、今も定期的な診察が必要です。
その病院の待合室には、いつも同じ男性がいます。
50代くらいの、穏やかな顔をした男性なのですが、初めて見たときに漠然とこの世の人ではないと気付きました。
男性はいつも待合室の隅の同じ場所に立っていて、苦しそうに咳き込む人がいれば心配そうに見つめています。
きっと、生前は優しい人だったのかもしれませんね。
ずっとこの病院にいるということは何か大きな未練でもあるのでしょう。
でも悪いものには見えなかったので、私はいつものように気付いていないふりをしていました。
初めて見た「表情」
ところが、ある日のことです。
いつものように母と待合室に入ったあと、私は自然と男性の方にちらりと視線を向けました。
しかし、彼の表情はいつもの穏やかなものではありません。
怒りと憎しみが入り混じったような、恐ろしい形相を浮かべているんです。
その視線の先には、待合室の椅子に腰掛ける一人の男性。派手な服装で、少し柄の悪そうな雰囲気の人です。
霊はその男性から一瞬も目を離さず、今にも飛びかかりそうなほどの憎悪を向けています。
……見てはいけないものを見てしまった。
直感的にそう思い、すぐに目を逸らします。
診察を終えて帰宅してからも、あの表情が妙に頭に残っていました。
あんなにも温和そうな人が、強い恨みを抱いてたなんて。
ニュースで知ったのは……
それから数日後。
リビングのソファに寝そべりながらテレビを見ていた母が大きな独り言を漏らしました。
「やだ、近所でこんな事件があったのね。怖いわねぇ」
何気なくテレビを見ると、近所で男性の遺体が発見されたというニュースが流れていました。
遺体は身元の特定に時間がかかるほど無惨な状態だったそうです。
物騒だなと思いながら見ていると、身元が判明した被害者の顔写真が映りました。
その人はあの日、病院の待合室にいた男性でした。
「犯人は現在もわかっておらず……」
ニュースキャスターの声が急に遠くなったように感じます。
あの霊が何者なのか。あの男と何があったのか。そして、事件と本当に関係があるのか。
私には何もわかりません。
ただ、次の母の通院日。
待合室の隅に、あの男性の霊はいませんでした。
もう彼を視ることはもうないのでしょう。
そう思いながら私は、待合室で母の診察が終わるのを待ちました。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆さしすせそそぎ
怪談や都市伝説、モキュメンタリー作品が好きで日頃からさまざまなホラーコンテンツに触れています。不気味な余韻が残る物語や「読まなければよかった」と思いながらも続きが気になってしまうような怖い話をお届けできればと思っています。
特に、人の悪意や心理が生み出す恐怖を描いた作品や読み終えたあとにもう一度振り返りたくなるような意味が分かると怖い話、ひんやりとした読後感が印象に残る物語が好きです。
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