台風
以前勤めていた職場での話です。
その日は関東に台風が接近する予報で、前日のうちに在宅勤務推奨の連絡がありました。
ラッキー!と、ちょっと得した気分になったのもつかの間、どうしても確認しなければいけない書類を会社に置いたままなのを思い出してしまいました。
家も比較的近かったので、雨がひどくなる前に取りに行ってしまおうと思い、午前中だけ会社へ寄ることにしたんです。
オフィスに着くと、本当に誰もいませんでした。
いつもなら電話の音や話し声でうるさいくらいなのに、聞こえるのはエアコンの音だけ。
なんだか変な感じでした。
無人のオフィス
書類を回収して、帰る前に同僚とのグループLINEへ、「書類回収〜!マジでだれもいなくて虚しすぎる」と、オフィスの写真を一枚送ったんです。
すぐに一人から返信が来ました。
「奥にいるの誰?」
何のことだろうと思って、送った写真を開き直しました。
窓際のいちばん奥。
パソコンのモニターが並んでいる向こうに、男の人が座っていました。
黒っぽいスーツを着て、こちらに背中を向けているんです。
私以外にもだれかいるなら、鍵を閉めるわけにいきません。
確認のために奥までぐるりと歩いてみましたが、誰もいません。
念のため、「誰かいますか?」と声もかけました。
返事はありませんでした。
空席
怖くなって、そのまま会社を出ました。
後日出社したとき、写真を見返していて、もう一つ気づいたことがありました。
男の人が座っていた席。
そこ、私が入社したときからずっと空席の席だったんですよ。
会社が大きくなったときのために余分に置いてあるデスクだと聞いていました。
ふだんは事務作業に使っているスペースです。
気になって、長く勤めている先輩に写真を見せてみました。
先輩はしばらくじっと画面を見て、「これ、いつ撮ったの?」と聞いてきます。
台風の日だと答えると、
「会社、誰もいなかったんだよね?」
「はい」
先輩はもう一度写真を拡大しました。
「たぶん、俺この人知ってる」
発見
昔、そこに座っていた男性社員が、会社で亡くなったんだそうです。
休日に一人で出勤していたとき、会社で倒れてしまって、そのまま……。
翌朝出社した社員が見つけたそうです。
「だからさ、今、絶対連絡しろって言われるでしょ?休日出勤で出社した時と、帰る時」
たしかに、私もちょうど、こっそり書類を取りに来たのを部長に怒られたところでした。
「10分でも5分でも、出社するなら報告しなさい」と。
「死んだ後まで仕事しなくていいのにね」
先輩が呆れたようにそう言いました。
今思えば、あれは紛れもない恐怖体験でした。
窓際の奥の席は、その後もずっと空席のままでした。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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