公衆電話
少し変なことがあったんです。
会社から車で帰る途中、スマホに公衆電話から電話がかかってきたんです。
珍しいなと思いました。
今どき公衆電話からかけてくるような知り合いに心当たりはありません。
仕事関係で何かあったのかもしれないと思って出てみました。
「もしもし?」
しかし、返事はありません。
何度か呼びかけても何も聞こえず、そのまま電話は切れました。
次の日も、帰宅途中にまた着信がありました。
『公衆電話』
昨日と同じ表示です。
出てみると、今度は向こうから音が聞こえました。
虫の声と、ときどき車が走り抜ける音。
「もしもし?」
やっぱり返事はありません。
“カン、カン、カン……”
しばらくそうしていると、踏切の警報音が聞こえてきました。
続いて、電車が走り抜ける音。
そこで、ふと思い出したんです。
通勤に使っている道から少し入ったところに、古い公衆電話がありました。
すぐ近くには踏切があります。
「あそこから?」
そう思った瞬間、電話は切れました。
忘れ物
次の日は休みだったので、昼間にその公衆電話を見に行きました。
不気味でしけど、気になるじゃないですか。
電話ボックスは寂れていて、しばらく誰にも使われていないように見えました。
「ん?」
電話機の横にカードのようなものが置かれているのが見えます。
入って手に取ってみたら、社員証でした。
私の。
顔写真も名前も、会社名も社員番号も間違いありません。
落としたのかと思って慌てて財布を確認しました。
でも、いつも使っている社員証がいつもの場所にちゃんと入っています。
二枚を並べて見ても、違いがわかりません。
どういうこと?と思いましたが、顔写真も会社名も入っているものをそのまま置いて帰るわけにもいきません。
電話ボックスにあったほうも持ち帰りました。
もう1枚
休み明け、会社の総務に相談しました。
「同じ社員証が二枚あるんですけど」
最初は再発行したものが残っていたんじゃないかと言われたんですが、私は社員証を再発行したことなんてありません。
調べてみたら二枚とも使える状態でした。
入館ゲートにかざすと、どちらも普通に、ピッと音がしてゲートが開きます。
総務の人も首を傾げていました。
でも二枚あっても仕方ないからと、電話ボックスにあったほうの社員証を預けました。
その日の夜です。
また、あの公衆電話から着信がありました。
出るか迷いましたが、思い切って通話ボタンを押しました。
「もしもし」
返事はありません。
しばらく無音が続いて、
“ピッ”
小さな電子音が聞こえました。
聞き覚えのある音でした。
毎日聞いている、会社の入館ゲートの音。
その直後、電話は切れました。
退館記録
翌朝、出社してすぐ総務に昨日のことを話しました。
さすがに気味悪がられましたが、もう一度、社員証の状態を確認してもらうことにしました。
「昨日、何時に帰りました?」
「18時半くらいだったと思います」
「……2回、退館記録が残ってます。18時半と、22時47分」
その時間、私は家にいました。
総務に預けたもう一枚の社員証も、ずっと鍵のかかる場所に保管されていたそうです。
どういうことなのか、なにが起こったのかわかりません。
結局、社員証は二枚とも破棄して、IDごと変えて再発行してもらいました。
今思えば、あれは紛れもなく恐怖体験でした。
あの公衆電話から電話がかかってくることは、それきりありません。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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