いつも見かける男性
繁忙期を抜けたので、ここまで働いた自分へのご褒美として、古い旅館へ一人旅に出ました。
建物はかなり年季が入っていましたが、その分宿泊費は安く済みました。
ネットの評判通り、料理や温泉も悪くなく、サービスも良かったです。
ただ、エレベーターがなく、移動はすべて階段。
大浴場や食事処へ行くたびに急な階段を上り下りする必要があり、そこだけは少し不便でした。
その階段で、何度か同じ男性従業員を見かけました。
作業着姿の中年男性で、夜遅くまで階段を掃除したり、廊下を見回ったりしています。
すれ違えば軽く頭を下げてくるので、私も会釈を返していました。
深夜に自販機を利用するために階段を降りたときも掃除をしていて、おそらく見回りも兼ねているのだろうな、大変だなと思い、いつもより少し深めに会釈したのを覚えています。
夜の不審な行動
2日目の夜。
温泉から部屋へ戻る途中、またその男性がいました。
しかし、その日は掃除をしていません。
客室の前に立ち、ドアノブを握っていました。
ガチャ、ガチャ。
二度ほど動かしてから隣の部屋へ移動。
またドアノブを握ります。
何をしているのか気になりましたが、点検作業かなにかなのだろうと思い、そのまま部屋へ戻りました。
翌朝、朝食の際に仲居さんと雑談する機会がありました。
「夜遅くまで大変ですね。男の人、ずっと見回りしてましたよ」
何気なくそう話すと、仲居さんの表情が固まりました。
「男性……ですか?」
聞けば、昨夜勤務していた従業員は全員女性。
そもそも夜間に客室のドアを確認して回るような仕事はしていないそうです。
従業員ではなかった
私が男の特徴を伝えると、すぐに旅館側が対応してくれました。
近場で私と仲居さんの話を聞いていた別の宿泊客の男性からも従業員だと思われていた男の話が出てきたことで、そのまま警察に通報することに。
警察が到着するまでの間、旅館の従業員総出で館内を確認してくれましたが、あの男はどこにもいませんでした。
私ともう一人の宿泊客が見た特徴はほぼ一致していたため、見間違いでもなさそうでした。
彼は、何のために部屋を確認していたのか。
鍵の開いた部屋を見つけたら、どうするつもりだったのか。
結局、男の正体も目的も分からないままでしたが、私は予定を切り上げてその日のうちに旅館を出ることにしました。
帰り際、仲居さんから何度も謝られましたが、旅館を責める気にはなれませんでした。
旅館側もまた被害者でしょう。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆さしすせそそぎ
怪談や都市伝説、モキュメンタリー作品が好きで日頃からさまざまなホラーコンテンツに触れています。不気味な余韻が残る物語や「読まなければよかった」と思いながらも続きが気になってしまうような怖い話をお届けできればと思っています。
特に、人の悪意や心理が生み出す恐怖を描いた作品や読み終えたあとにもう一度振り返りたくなるような意味が分かると怖い話、ひんやりとした読後感が印象に残る物語が好きです。
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