身に覚えのない注意
私が以前住んでいたのは、かなり古いアパートでした。
引っ越しを決める1ヶ月ほど前、隣の部屋に住む男性から声をかけられました。
「あの……夜中に廊下を歩き回るの、やめてもらえません?」
突然の苦情に驚きましたが、私は仕事がある日は日付が変わる前には寝ていますし、夜中に出歩くこともほとんどありません。
人違いではないかと伝えるも男性は納得していない様子でしたが、その日はそれ以上何も言わず部屋へ戻っていきました。
数日後、再度の警告
それから数日後。
帰宅したところで、また男性と鉢合わせました。
「昨日もやってましたよね?」
前回より明らかに苛立っていました。
しかし、その日も私は夜中に外へ出ていません。
「だから、私じゃないですって」
そう答えると男性の顔がかあっと赤くなり、我慢できなくなったように声を荒らげました。
「言わないとわからないかな!?人の家のドアスコープ覗いて回るの、気持ち悪いよ!」
そこで初めて、私は詳しい話を聞きました。
男性によれば、深夜2時頃になると私が廊下に現れ、一軒ずつ玄関の前に立ってドアスコープを覗いているそうです。
最初は隣人と揉めたくない気持ちもあり、こんな変なことをする人に深く関わるのも怖くて「歩き回るのをやめてほしい」とだけ伝えたのだとか。
「……でも、本当に私じゃないです。その時間は間違いなく寝ていました」
「いや、あなただったよ」
見間違いではないかと聞いても、男性は否定しました。
気になって、普段から挨拶をする別の住人にも尋ねてみました。
「たしかに深夜のコンビニ帰りにたまに見かけるね」
当然のように返されました。
その人も、何度か私が玄関の前に立っている姿を見ていたそうです。
なんとか別人であることを証明しようと特徴を聞いて、背筋が寒くなりました。
その人物は黒いTシャツにグレーのスウェットを着ていたとのこと。
……私が普段、部屋着にしている格好でした。
ゴミ出しをするときにその姿のまま外へ出ることはあるので、誰かが真似できないわけではありません。
それでも、何のために私の格好をして、深夜の廊下で他人の部屋を覗いて回るのでしょうか。
もう一人の私
結局、正体は分からないまま。
気味が悪くなった私は、周りの人たちとの気まずさもあったので、それから間もなくアパートを引き払いました。
そうして退去するまでの間、ひとつだけ守っていたことがあります。
深夜、廊下から足音が聞こえても、絶対にドアスコープを覗かないこと。
もし向こう側から、『私』がこちらを覗いていたら……。
そう考えると、とても確かめる気にはなれませんでした。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆さしすせそそぎ
怪談や都市伝説、モキュメンタリー作品が好きで日頃からさまざまなホラーコンテンツに触れています。不気味な余韻が残る物語や「読まなければよかった」と思いながらも続きが気になってしまうような怖い話をお届けできればと思っています。
特に、人の悪意や心理が生み出す恐怖を描いた作品や読み終えたあとにもう一度振り返りたくなるような意味が分かると怖い話、ひんやりとした読後感が印象に残る物語が好きです。
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