「降りた方がいいですよ」
仕事で帰りが遅くなり、終電近くの電車に乗っていたときのことです。
車内は空いていて、同じ車両には数人しか乗っていませんでした。
私はドア付近の座席に座り、ぼんやりスマホを眺めていました。
すると、向かいに座っていた女性が、なぜか私の隣へ席を移してきたのです。
空いているのだから、わざわざ人の隣に来なくてもいいのに……。
そう思って少し嫌な気分になっていると、女性が私に小声で話しかけてきました。
「あの、次の駅で降りた方がいいですよ」
小声でそう言われて意味がわからず戸惑っていると、女性は私と目を合わせ、向かい側のドア付近に視線を向けました。
つられて同じ場所を見ると、そこには男性が座っています。
男性はこちらを見ているようにも感じましたが、目が合うとすぐに顔を伏せました。
もしかして、さっきからあの人にじっと見られていたのだろうか。
そう思うと急に怖くなりました。
何が起きているのかわからないまま、女性はもう一度「次で降りましょう」と言いました。
ちょうど電車が駅に到着。
私は女性と一緒にホームへ降りました。
男性は降りてきませんでした。
降りたホームで……
電車が発車していくのを確認すると、自然と大きなため息がひとつ漏れました。
「ありがとうございました。全然気づいてなくて……」
そうお礼を言うと、女性は笑顔を見せました。
「よかった」
そして、私の腕を掴みました。
「じゃあ、人がいないところに行きましょう」
一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。
「こっち。駅の外に出れば誰もいないから」
腕を掴む力が妙に強く、振りほどこうとしてもびくともしません。
「この女性、何かおかしい」
こんな細い腕のどこにそんな力があるのかと思うほど強く引き止められ、恐怖で頭が真っ白になりました。
「た、助けて!!誰か!!」
無意識のうちに口から出た叫び声に、自分でも驚いたことを今でも鮮明に覚えています。
掴まれた腕を見て
夜のホームに響き渡る声を聞きつけ、駅員が急いで駆けつけてきました。
駅員を見るなり、女性は手を離して逃亡。
駅員に事情を説明したあと、次の電車を待って帰宅することになりました。
電車を待つ間、1人にするのは心配だからと、駅員がそばにいて話を聞いてくれました。
電車の中でのことや電車を降りてからの女性の行動など、一連の出来事を説明し、掴まれていた腕を見せると、私と駅員は2人揃って絶句しました。
掴まれていた部分は、これまでの人生で見たことがないほど真っ赤になり、ひどく内出血していたのです。
その後、駅員が警察と病院に連絡。
恐怖で感覚が麻痺していたせいか、痛みに気づいていませんでしたが、骨折するほどの怪我をしていたことがわかりました。
……女性の正体も目的も分からないまま、先日やっとギプスが取れました。
女性の力で本当にこんなことができるのか。
そんなことを考えるのも嫌になるほど、私にとっては紛れもない恐怖体験です。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆さしすせそそぎ
怪談や都市伝説、モキュメンタリー作品が好きで日頃からさまざまなホラーコンテンツに触れています。不気味な余韻が残る物語や「読まなければよかった」と思いながらも続きが気になってしまうような怖い話をお届けできればと思っています。
特に、人の悪意や心理が生み出す恐怖を描いた作品や読み終えたあとにもう一度振り返りたくなるような意味が分かると怖い話、ひんやりとした読後感が印象に残る物語が好きです。
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