踊り場の鏡
最寄り駅なんで、毎日使うんですけど、ホームから改札へ向かう途中にある階段が妙に薄暗いんですよね。
かなり長い階段で、途中の踊り場も暗いくせにやたらスペースがあって。
その踊り場には、曲がり角の先が見えるように小さな鏡が設置されてるんです。
ある朝、いつものように階段を下りていたときのことです。
踊り場で何気なく鏡を見ると、少し離れたところに白っぽい服を着た女性が映っていました。
なんとなく気になって振り返りました。
誰もいませんでした。
階段の上まで見渡せるのに、人の姿がないんです。
見間違いだったのかな。
そう思って、もう一度鏡を見ました。
女性は、まだそこに映っていました。
近づいてくる
翌朝も、同じ奇妙な光景がありました。
鏡の中にだけ、あの女性が映っているんです。
振り返っても、やっぱり誰もいません。
その次の日も、そのまた次の日も。
毎朝、同じ女性が鏡に映っているんです。
白っぽいシャツに、深緑のスカート。
髪は肩より少し長いくらいで、顔はうつむいているせいか、よく見えません。
何日か経って気づいたことがありました。
女性との距離が、少しずつ近くなっているんです。
最初はずっと奥のほうにいたのに、いつの間にか踊り場のすぐ手前まで来ていました。
女性が歩いているところを見たことはありません。
いつも、ただ立っているだけです。
その様子が気味悪くて、私は鏡を見ないようにすることにしました。
ねえ
それから数日間、踊り場ではなるべく顔を上げず、足元だけを見て歩いていました。
鏡を見なければ、女性がいるかどうかもわかりません。
ただ、毎朝そこを通るたびに、背後が気になって仕方ないんです。
誰かが後ろに立っているような気がして。
ある朝、ふと踊り場で鏡を見てしまったんです。
女性はいませんでした。
鏡の中には、誰の姿もありません。
ほっとしました。
なんだ、もういなくなったんだ。
そう思って歩きだそうとした、そのときです。
「ねえ、前を見て歩かないと。危ないですよ」
すぐ後ろから、女性の声がしました。
すぐそばに
驚いて振り返りました。
誰もいません。
でも、声は確かにすぐ耳元で聞こえたんです。
心臓がどきどきして、しばらく動けませんでした。
前を向くと、鏡が目に入りました。
そこには、あの女性が映っていたんです。
さっきまで誰もいなかったはずなのに。
白いシャツ。
深緑のスカート。
うつむいた顔。
あまりに近くて、鏡の中では私の肩と女性の肩が重なって見えました。
そのまま階段を駆け下りて、改札まで走りました。
それ以来、あの階段は使っていません。
少し遠回りになりますが、別の階段を使うようにしています。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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