祖母の日課
祖母の家には、庭に面した長い廊下がありました。
祖母は昔から、朝になると縁側に座って庭を眺めるのが好きでした。
私が子どもの頃も、遊びに行くと祖母がそこでお茶を飲んでいたのを覚えています。
晩年、祖母は足が悪くなって、家の中を歩くのも大変になりました。
それでも、朝になると決まって縁側に座りたがるんです。
家族の誰かがガラス戸を開けてあげると、祖母はいつも嬉しそうに、「ありがとうねえ」と言いました。
そんな祖母が亡くなってから、家の片付けのために私は数日間泊まり込むことになったんです。
毎朝開く戸
遺品の片付けを始めて2日目の朝のことです。
廊下に出ると、ガラス戸が一枚だけ開いていました。
祖母がいつも座っていた場所の、すぐ目の前です。
昨日、換気をしたときに閉め忘れたのかな。
そう思って戸を閉め、鍵をかけました。
ところが、次の日の朝も同じ戸が開いていたんです。
前の日は確かに鍵をかけたはずでした。
念のため、戸を何度か動かして確認してみました。
少し重いものの、きちんと閉まり、鍵もかかります。
その夜は、寝る前にもう一度戸締まりを確認しました。
それなのに、翌朝になると、やっぱり同じところが少しだけ開いていました。
不思議でしたが、家の中に荒らされた様子はありません。
何より、開いているのはいつも祖母が座っていた場所のガラス戸だけなんです。
なんとなく、祖母がまだ庭を眺めているような気がしました。
いつもの時間
その日は、いつもより早く目が覚めました。
まだ片付けを始めるには早かったので、廊下に出てみたんです。
ガラス戸は閉まっていました。
鍵もかかっています。
私は祖母がいつも座っていた場所に腰を下ろしました。
庭には、祖母が大切にしていた植木が残っています。
子どもの頃は何とも思わなかった景色ですが、こうして眺めていると、懐かしさと切なさが胸に迫ってきます。
祖母も毎朝、こんなふうに庭を見ていたんだな。
そう思っていたときです。
誰もいないはずなのに
カチャン。
すぐ横で、小さな音がしました。
見ると、ガラス戸の鍵が外れていました。
そして、戸がゆっくりと横に動き始めたんです。
誰も触っていないのに。
戸は、人が手をかけて開けたかのように、ほんの少し動いたところで止まりました。
私は驚いて立ち上がりました。
ですが、不思議と怖い感じはしませんでした。
開いた隙間から朝の風が入ってきて、庭の葉がさらさらと揺れています。
祖母が亡くなってからも、誰かがこうして戸を開けてあげているんでしょうか。
そんなことを考えていると、なんだか可笑しくなってきました。
私は誰もいない廊下で、小さく言ってみたんです。
「……ありがとう」
すると、廊下の奥から「いいよ」と返事が聞こえました。
年配の女性のような、穏やかな声でした。
それからも、朝になると縁側の戸が開くのですが、あの声の主を見ることはありませんでした。
彼女の正体も、祖母にとってどんな存在だったのかも、わからないままです。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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