廃旅館の撮影
廃墟の写真を撮るのが趣味なんです。
特に、元は人がたくさんいたんだろうなって場所が好きで。
空き家になった豪邸とか、マニアックなテーマパークより、学校とかホテルとかね。
数年前、知人の紹介で、廃業した旅館の内部を撮影させてもらったことがあったんですよ。
かつては団体旅行の客でにぎわっていた、大きな温泉旅館。
廃業してからかなり経っているらしく、建物の中はあちこち傷んでいました。
壁紙は剥がれ、廊下には埃が積もっています。
それでも、広いラウンジには紫色のソファがいくつも残されていて、当時の華やかさを少しだけ感じられました。
大きな窓から光が差し込む、開放的な空間です。
私はしばらく、ソファや窓際の様子を撮影していました。
眺めのいいラウンジ
何枚か写真を撮ったところで、ふと人の声が聞こえました。
最初は、一緒に来た仲間が話しているのかと思いました。
でも、聞こえてくる声が明らかに多すぎるんです。
年配の男女が何人も、楽しそうに話しているようでした。
「あら、久しぶりねえ」
「こっち、空いてるよ」
そんな言葉が、途切れ途切れに聞こえてきます。
周囲を見渡しても、もちろん、誰もいません。
声はすぐ近くから聞こえるのに、目の前には古いソファが並んでいるだけです。
カメラを下ろして、動画モードに切り替えました。
音声が入るか確かめようと思ったんです。
ところが、録画を始めると、あれほどにぎやかだった声がぴたりと止まりました。
録画した動画を再生してみましたが、映っていたのは無人のラウンジだけ。
話し声も入っていませんでした。
違和感
その日は予定より早く撮影を切り上げました。
帰宅後、撮影した写真をパソコンで確認していると、ラウンジの様子に妙な違和感がありました。
ソファの座面が、ところどころへこんでいるんです。
古いソファでしょうし、最初はクッションが傷んでいるのだと思いました。
でも、撮影した順番に写真を並べると、ソファのへこんでいる場所が写真ごとに違うんです。
最初の写真では何ともなかったソファに、次の写真では誰かが座ったようなくぼみができています。
別のソファでは、反対にくぼみがなくなっていました。
まるで、見えない人たちが席を移動しているみたいに。
気味が悪くなりましたが、どうしても気になり、写真を一枚ずつ拡大してみました。
特に、ラウンジの奥から窓のほうを撮った写真に、何だか違和感を覚えたんです。
大きな窓ガラスには、室内の様子がうっすらと反射しています。
そこには、カメラを構えて立つ私の姿も映っていました。
その後ろに何かが見えました。
人影です。
ソファに腰掛けている人、隣の人と顔を寄せている人、立ったまま話している人。
何人もの人影が、窓ガラスに映り込んでいたんです。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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