誰もいないビル

営業先から戻ったのは夜の7時半を過ぎた頃だった。
外から見るとフロアの明かりは落ち、同僚は誰も残っていない。重たい資料だけでも置いて帰ろうと、エレベーターに乗り込む。
ボタンを押してスマホを眺めていると、表示は「6」「7」と過ぎても止まらない。
顔を上げると「10」を超え、「11」「12」と点灯している。
だがこのビルは10階建てのはずだ。
慌てて「開」ボタンを連打するも反応はなく、エレベーターは不気味に上昇を続け、やがて「13」で止まった。
強い光
扉がゆっくりと開く。
そこに広がっていたのは、存在するはずのない真っ暗な廊下。
壁際には古びた書類の束が積まれ、非常灯が緑色に揺れている。
降りるまいと身を引いた瞬間、奥から目を焼くような強烈な閃光が走った。
ストロボのような光に思わず目を閉じる。
次に気づいたとき、エレベーターは静かに下降を始めていた。
表示は「12」「11」と下がり、やがて「5」で止まる。
普段通りのフロアに戻った安堵の中、俺は急いでオフィスへ駆け込んだ。
その中の影
机の上には、1枚の写真が置かれていた。
そこに写っていたのは、閃光に目を細める“今の自分”の姿。
「あの光は……フラッシュだったのか?でも、誰が撮った?いつ置いたんだ?」
疑問が頭を駆け巡った瞬間、背後で「カシャ!」というシャッター音が響き、再び閃光が走る。
気がつくと窓の外には朝の光。
机の上には新たな一枚が増え、計2枚の写真が並んでいた。
震える手で確かめると、背後のパソコン画面に何かが映り込んでいた。
──カメラを構える見知らぬ男の姿。土気色の肌、虚ろな目、生きている者とは思えない顔だった。
そのとき思い出した。
このフロアには、うちの会社が入る前、週刊誌の編集部が長く入っていたことを。
資金繰りに行き詰まり、最後は夜逃げ同然に去ったと噂されていた。
まさか今も“あの編集部の誰か”が、このビルのどこかでシャッターを切り続けているのだろうか。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆斎 透(さい とおる)
noteにて短編小説を執筆中の、犬と暮らすアラサー女子です。
やるせない夜にそっと寄り添うような文章をお届けしています。
幼い頃から、オカルト好きな母と叔母の影響で、不思議な話に夢中に。
「誰でも一つは、背中がひんやりする話を持っている」をモットーに、
ゾッとするけど、どこか温度のある物語を綴っています。
美容やキラキラした話題に疲れた夜、よければ一編、覗いてみてくださいね。
●note:https://note.com/sai_to_ru
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