夏休みの校舎
私がその学校に赴任したのは、つい4か月前のことでした。
初出勤の日は緊張していた私も、日を追うごとに少しずつ新しい環境に慣れていき、いつのまにかもう夏休み。
ただし学校に来なくてよいのは子供たちだけで、私たち教員はいつも通りに出勤し、日々の業務に追われていたのです。
あの日も私は、午後から他校で行われる研修会に顔を出す予定があり、少し早めの昼食を食べ終え、お手洗いを済ませていました。
子供の声
「そろそろ行かないと……」
ハンカチで手を拭きながら、職員室へと歩き出します。
しかし、ある違和感を覚え、すぐに足を止めました。
校舎内に広がるのは、普段の学校とは違う静まり返った独特の空気。
けれども、廊下のずっと奥の方で、人の話すような音が聞こえたのです。
「……子供の声?」
私は腕時計をちらりと確認したあと、職員室に背を向けて声の方向へと向かいました。
この子ども達、何かおかしい……
声の出どころは、4年3組の教室です。
「だれかいるの?」
私はドアを開けながら、室内に向かって声を掛けました。
一見、誰もいないように見える教室。
だけど、窓にかかったクリーム色のカーテンからは、数本の足が覗いています。
「君たち、どうしてここに?なにか取りに来たの?」
“ガラガラガラ”
カーテンに手を伸ばした瞬間、背後のドアが大きな音をたてました。
「えっ……」
驚いて後ろを向けば、隙間なく閉じられたドア。
再びカーテンに目をやると、先ほどは確かに見えた足が、影も形もなくなっていたのです。
「こ、こら! イタズラはやめなさい!」
戸惑いながらも声を張り上げ、室内を見渡した……その時。
“ポツリ”
頭上から水滴が落ち、私の頬を濡らしました。
水滴
「雨……?」
そんな言葉が漏れましたが、今日は一日中晴れだと朝のニュースで言っていたし、そもそもここは室内です。
じゃあ、これは……。
私はこわごわと頭上に視線を向けます。
教室の天井には、数人分の子供の足がぶら下がっていました。
その小さな靴の先からは、薄い黄色の液体が流れ落ちていて……。
「ギィヤアアアア!!!!」
腰を抜かした私は、机の間を這うようにして出入口の方へと向かいます。
しかし、引いても押してもドアはびくりとも動きません。
「せんせー、おろしてー」
「かえりたいよー」
頭上から、抑揚のない子供の声が次々と降り注ぎます。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
恐怖のあまり、私の口から思わず謝罪の言葉がこぼれたと同時に、教室のスピーカーがプツプツと音をたてました。
『コックリさんコックリさん、私たちを許してください』
『コックリさんコックリさん、私たちを帰してください』
「せんせー、おろしてー」
たくさんの声が脳内を埋め尽くし、耐え切れなくなった私は床に倒れ込んだのです。
コックリさん
気がつくと、私は保健室のベッドに寝かされていました。
あの放送を耳にした先生方が、4年3組の教室へ駆けつけてくれたのだそうです。
「無事でよかった」
すぐに意識を取り戻した私に対し、先生方はそう言ってくれますが……あの子供たちは何なのか、あの教室で過去に何が起こったのかは誰も語ろうとはしません。
「今日はもう家に帰りなよ」
「そうそう、きっと疲れてるんだ」
言われるがままに早退した私ですが、家に帰ってふとあることを思い出しました。
私がまだ中学生の頃、どこかの小学校で、生徒たちの集団自死事件があったということを。
そして、その事件と同時期に、県内の小中学校には「コックリさん禁止令」が下ったことを……。
……あの子供たちは、あれから20年近く経ったいまも、コックリさんに囚われたままなのでしょうか。
私に彼らを救う術はありませんが、せめてもの願いを込めて、あの教室の前を通るときは必ず手を合わせるようにしています。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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