黒い跡
それはいつものようにパートを終えて、自宅に帰ったときのことでした。
横開きのドアの鍵を開け、室内に入ろうとしたその時、ふと視界の端に違和感を覚えたのです。
「あれ……?だれか来たのかしら」
この家を建てたときから設置されている古い呼び鈴にべっとりと付着した、黒い指の跡。
灰やススのようなもので付けられたその指紋は、布巾で擦ればすぐに落ちましたが、その翌日もまた同じ指の跡が残されていたのです。
「嫌だわぁ……、気味悪い」
その後も毎日のように、私がパートから帰ると呼び鈴には黒い指紋。
私は誰かのイタズラだと思う反面、これから何か良くないことが起こりそうな、そんな胸騒ぎを覚えていました。
すりガラス越しの人影
あの指紋が付くようになって一週間が経った頃。
その日、休みだった私がリビングでテレビを見ていると、家の中に“ピンポーン”とチャイムが鳴り響きました。
ハッとして時計を見れば、時刻は14時を過ぎた頃。
普段は留守にしている時間です。
私は不安を抱えながらもテレビの前から腰を上げ、すりガラスのはめ込まれた玄関を覗き込みます。
ドアの向こうに立っているのは、小太りの男性らしき人。
「あのー、Tですけどー。いらっしゃいますかー?」
「ああ、はーい。いま開けますよ」
耳に届いたその声は、確かに母方の親戚であるTさんのものでした。
ホッとした私は玄関のカギを外し、ガラガラと戸を開けます。
消失
「……え?」
しかし、そこに人の姿はありません。
驚きのあまり、思わず外へと飛び出した私の視線の先には、べったりと呼び鈴に付着した真新しい黒い指紋。
恐ろしい、だけど……。
まるで煙のように消えてしまったTさんが心配になり、彼の自宅へと電話を掛けました。
ところが、耳元では無機質な発信音が響くばかり。
結局私は他の親族とも相談をして、警察に通報を行ったのです。
指紋
ほどなくしてTさんは発見されました。
家の中で横たわり、死後数日が経過した状態で……。
「……きっと、誰かに見つけてほしかったのね」
あの指の跡は彼の最後の願いだったのでしょう。
そう納得した私ですが、平穏な日々が長く続くことはありませんでした。
Tさんの死から少し時間が経った頃、パートから帰った私が何気なく呼び鈴に目をやると、再び黒い指の跡がついていたのです。
それは、以前の指紋よりずっと小さな女性のもので……。
嫌な予感に胸がざわつき、私は震える手でその指紋に自分の指を重ねてみました。
「これ、まさか……」
ぴったりと重なった指紋に思わず声が漏れた瞬間、フッと生暖かい息が私の頬をかすめます。
耳元のすぐそばに誰かが立っているようなその感覚に、私は振り向くことなどとてもできませんでした。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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