確認癖
一人暮らしを始めてから、戸締まりの確認を何度もしてしまうようになった。
玄関の鍵を閉めたあとも、駅まで歩きながら「ちゃんと閉めたっけ」と不安になる。
ひどい時は電車を待っているホームから引き返して、部屋の前まで確認しに戻ったこともあった。
自分でも面倒だと思う。
でも、そうしないと落ち着かないのだ。
そんな私が、一度だけ本当に鍵をかけ忘れたことがある。
その日は寝坊してしまって、会社にもぎりぎりで飛び出した。
帰りの電車で嫌な予感が止まらず、息を切らしてほとんど駆け足で家までの道を急いだ。
部屋に戻ると、やっぱり玄関の鍵が開いていた。
何も盗られてはいなかったし、部屋の中も荒らされていない。
ほっとしかけたところで、何か変だと気づいた。玄関に脱ぎっぱなしだったはずのサンダルが、きれいに壁際へ寄せてあったのだ。
無意識に自分で揃えたのかもしれない。
そう思うことにしたが、それ以来、確認癖はまたひどくなった。
帰り道の不安
その日も、電車に乗ったあたりからまた不安に襲われた。
朝、鍵をかけた。たしかにかけたはず。でも、鍵を回した感触の記憶が曖昧だ。
途中で引き返そうか迷ったけれど、時間がなくてそのまま出勤してしまった。
二階の通路に上がると、ちょうど隣の部屋の人が出てきた。
引っ越してきた時に一度挨拶しただけの、四十代くらいの女性だ。
会えば軽く挨拶する程度で、とくに親しいわけでもない。いつもきれいに髪をまとめていて、静かな人という印象だった。
「こんばんは」
隣人は少し笑って頷いた。
「今日は、ちゃんとかかってましたよ」
何のことかわからなくて、私は立ち止まった。
「え?」
狼狽える私を尻目に、隣人は「じゃあ」とだけ言って自分の部屋へ入っていった。
私は鍵を握ったまま、しばらくその場から動けなかった。
震える手で鍵穴に鍵を差し込むと、たしかな手応えがあって“カチリ”と錠が回った。
消えない違和感
鍵はちゃんとかかっていた。
なのに、部屋に入ってチェーンをかけてもまだ心臓が早鐘を打つ。
今日は、ちゃんとかかっていた。
じゃあ、ちゃんとかかっていない日も知っていたんだろうか。
あの日開けっぱなしの玄関を覗いたのも、あの人だったのかもしれない。サンダルを壁際へ寄せたのも。
あるいは、今日だって私のドアノブを確かめたから、あんなことが言えたのかもしれない。
結局その夜は、何度鍵を確認しても眠れなかった。
※この物語はフィクションです。
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