近道
仕事が遅くなった日に通る道がありました。
駅の裏手の道で人通りが少なくて暗いけど、ちょっとした近道だったので、遅くなった日ほどそこを通って帰っていました。
その道沿いに、ずっと廃工場だと思っていた建物があったんです。
昼間に見ても外壁は薄汚れてるし、窓ガラスもボロボロで、人が出入りしている様子もない。
何を作っていたのかもわからないくらい、もう長いこと使われていない建物に見えました。
ある夜、その建物の窓のひとつに明かりがついていたんです。
白い蛍光灯の冷たい光でした。
「あれ、ここまだ使ってるんだ……」
その時はそれくらいにしか思いませんでした。
明かりのついた窓
でもそれから、最初はたまにだったのに、気づけば電気がついている日のほうが多くなっていきました。
「今まで気づいていなかっただけで、前から夜だけ使ってたのかな?」
そう思って、ある日の昼休みにわざわざ同じ道を通ってみたんですが、やっぱり工場の中に人がいる感じがしないんです。
駐車場に車もないし、出入口のまわりもひっそりしていて、貼り紙なんかも色褪せたまま。
夜だけ誰かが出入りしているにしても、建物全体があまりにも死んで見えました。
変じゃないか、と思い始めました。
明かりはついているのに中で人の声もしないし、作業音もしないんです。
人影もなく、古いすりガラス越しに、ただこうこうと白い電気がついているだけ。
廃工場にいたもの
仕事が長引いたある日、いつもより少し遅い時間にその前を通りました。
その日は建物全体が暗くて、どの窓にも明かりはありませんでした。
ちょっとほっとしたんですよね。
あんまり古くて危ないから一時的に点検してたとか、そういうのだったのかもって。
そんなことを考えながら、建物の横を通り過ぎようとした時でした。
すぐ真横の窓が、ぱっと明るくなったんです。
まるで、私がそこを通るのを待っていたみたいなタイミングでした。
反射的にそちらを振り向くと、古いすりガラス越しに、黒い人影が見えました。
目が合った、と思って。
なぜか私はそのまま足をとめてしまったんです。
「追いついたねえ」
嬉しそうな、歌うような声でした。
怖くなって、走ってその場を離れました。
それ以来、その道は使っていません。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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