失せ物神社
うちの近所にある、小さな神社の話です。
山の斜面に食い込むみたいに鳥居が立っていて、石段を少し上ると、すぐ奥に小さなお社があるだけの神社。
お祭りがあるわけでもないし、初詣に人が集まるような場所でもありません。
でも、子どもの頃からひとつだけ、よく聞かされていたことがあります。
「あそこでお願いすると、なくしたものが返ってくる」
最初にそれを教えてくれたのは祖母でした。
ただし、声をひそめて最後にこう付け足したんです。
「何でもかんでも頼るもんじゃないよ」
その意味がわかったのは、だいぶあとになってからでした。
対価
小学校の頃、お気に入りの消しゴムをなくしてしまいました。
いい匂いのするちょっと高いやつで、絶対に机の中に入れたはずなのに見つからなかったんです。
神社の前で手を合わせて、消しゴムが見つかりますように、とお願いしました。
翌朝、学校に行く途中で神社の石段を見たら、二段目の真ん中に、その消しゴムがぽつんと置いてあったんです。
濡れても汚れてもいませんでした。
まるで、誰かがそこに置いて待っていたみたいに。
次にお願いしたのは、中学生の頃です。
自転車の鍵をなくして、家の中も通学かばんもひっくり返したのに見つからなかった時でした。
また神社でお願いして、翌朝行ってみたら、今度は鳥居の根元に鍵がありました。
でも、少し変なことがあったんです。
「よかったねえ、鍵出てきて。あんたその自転車大好きだったもんね」
当時乗っていた自転車、ちょっと高価なタイプで、高校生になってもずっと大事にするからってお願いして買ってもらったんだそうです。
……でも私、その話を思い出せなかったんです。
イヤリングをなくした時は、それをくれた友だちがいつ、どうしてくれたのかを思い出せなくなりました。
社員証をなくした時は、最初に会社へ入った日のことが妙にぼんやりしました。
返ってきたものはちゃんと自分のものなのに、その物にくっついていた思い出だけが薄くなるんです。
思い出せない
決定的だったのは、去年のできごとです。
古い写真を一枚なくしたんです。高校の卒業式の日に撮ったやつ。
その写真だけはどうしてもなくしたくなくて、神社にお願いしました。
翌朝、石段のいちばん上、鳥居をくぐる手前のところにその写真はありました。
拾い上げて、ちゃんと戻ってきたんだ、とほっとして写真を見た瞬間、背筋がゾッとします。
制服姿の私の隣に、知らない女の子が写っていたんです。
知らないはずなのに、たぶんその子のために私はこの写真を探していた。
それだけは、なぜかわかるんです。
「だから言ったでしょう。何でもかんでも頼るもんじゃないって」
動揺する私に、祖母は静かに言いました。
「返してはくれるけど、余計には持たせてくれないんだよ」
あの神社は、なくしたものを返してくれる。
でも、その人がそれを大事にしていた理由までは、返してくれないんです。
それ以来、私はあの神社でお願いごとをしていません。
でも、鳥居の前で立ち止まるたびに考えてしまうんです。
あの写真の隣に写っていた子を、私は何回あの神社に預けてしまったんだろうって。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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