掲示板
その団地には、各棟の前に住人用の掲示板がありました。
自治会のお知らせとか、断水の案内とかが貼ってある、どこにでもある掲示板です。
そこに手書きのメモが一枚混ざっていたことがあったんです。
それ自体は別におかしなことじゃないんですが、内容が変っていうか……。
「ネクタイを結ばないなら、鞄にしまいましょう」
メモ帳にボールペンで走り書きしたものを、画鋲で留めてありました。
生徒会のポスターか?と思ったのを覚えています。
次の日には、その紙はなくなっていました。
でも、同じ場所にまた別の紙が貼られているんです。
「お年寄りには席を譲りましょう」
一度気になるとつい見てしまいます。
メモはほとんど毎日入れ替わりました。
「シャツにアイロンをかけましょう」
「エコバッグを使いましょう」
「エアコンはこまめに切りましょう」
……だんだん耳が痛くなってきました。
まあ、自分に限ったことではないでしょうけど。
「宅配ボックスに荷物を入れっぱなしにするのはやめましょう」
「使ったティッシュをテーブルに置きっぱなしにしない」
どちらも心当たりがあります。
この辺りから、生活を覗き見されているようで気味が悪くなってきました。
「見られるから」
それからしばらくして、また一枚、新しい紙が貼られて。
いつもより小さいメモでした。
「掲示板だと、みんなに見られるから」
意味がわからなくて、その場でしばらく立ち尽くしました。
みんなに見られるから、何?
ていうか、掲示板ってみんなに見てもらうためのものじゃん。
階段を上がって、廊下を歩いて、自分の部屋の前まで来て。
鍵を出そうとして、ふと郵便ポストに目が留まりました。
投函口から、白い紙が少しだけのぞいていたんです。
待ち伏せ
嫌な予感がしました。
でも、そのままにしておくほうがもっと怖くて、震える手でポストから紙を引き抜きました。
掲示板に貼られていたものと同じ、安っぽい白いメモ。
同じボールペンの字で、こう書いてありました。
「鍵、開いてたよ」
カタン。
ポストが部屋の中から押し開けられて、すうっと白い紙が差し出されました。
廊下に落ちたメモを拾うことはできませんでした。
一目散に廊下を引き返して、その日は近所の弟の家に匿ってもらいました。
それから、なぜか掲示板は撤去されて、あの奇妙なメモも見かけることはありません。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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