忘れ物
以前、タクシー会社の事務の仕事をしていた時の話です。
運転手が毎度降車の時に声掛けするんですが、どうしても忘れ物をされるお客様はいらっしゃるんですよね。
回収した忘れ物の管理も事務方の担当でした。
傘や財布、スマートフォン。意外と多かったのが鍵ですかね。
スマホとか財布は連絡先がわかればこちらからもアクションがとれるんですが、鍵とかはどうしようもないんですよね。困ってるだろうに。
忘れ物には回収した日時や車両番号を書き、一定期間保管します。
仕事を始めて半年ほど経った頃、少し気になることがありました。
毎月一回、小さな子どもの靴が届くんです。
しかも、いつも片方だけ。
毎月といっても、時期はばらばらでした。
月初のこともあれば月末のこともあります。
メーカーもバラバラで、ただ、一つだけ共通していたのは、必ずその月に一足だけということです。
「またきたね」
いつしか事務所ではそんな言葉を交わすようになっていました。
新人の頃は気味が悪かったのですが、先輩たちは慣れた様子で、「問い合わせは来ないから、いつもどおり保管しておいて」とだけ言うんです。
理由を聞いても、「昔からそうだから」と。
乗車記録
忘れ物の持ち主は乗務記録と照らし合わせて探すんです。
どのお客様が乗っていたか、問い合わせが来たときに。
問い合わせはなかったんですが、ある時どうしても気になって、その靴が届けられたときの乗務記録を調べてみたことがあります。
ところが、その車両には子どもの乗車記録がなかったんです。
運転手さんも首をかしげます。
「俺、その日大人しか乗せてないとおもうんだけどなあ……。走ってたのビル街だしさ」
財布は大体問い合わせがあります。
スマホならその日のうちです。
でも子どもの靴だけは、一度も連絡がありませんでした。
保管期限が過ぎれば処分する決まりです。
そのたびに「親御さん、困ってるだろうな」と胸が痛みました。
靴底
退職する少し前。
また靴が片方だけ届きました。
いつもどおり記録を書こうとして、靴底になにか書かれていることに気づいたんです。
持ち主の名前かと思って見てみると、書かれていたのは日付でした。
会社に靴が忘れ物として届いた日の日付。
どういうことなのか、ただ気味が悪かったです。
でも、先輩たちがどうしてこの毎月の忘れ物に対して妙にドライだったのか、少しわかってしまいました。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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