最終バス
残業が長引いた日のことです。
最寄りに接続する終電はもうなくて、しかたなく手前の駅前から出る最終の路線バスに乗りました。
時間も遅かったこともあり、車内には私を入れて4、5人しかいませんでした。
一番後ろはなんとなく落ち着かなくて、中ほどの2人掛けに座ったのを覚えています。
バスが住宅街へ入りながら大通りを進むと、だんだん見慣れた景色になっていきます。
何人かが降りて、車内はだんだん静かになっていきました。
「次、止まります」
降車ボタンの表示が点灯してアナウンスが流れました。
でも、誰かがボタンを押しているようには見えなかったんです。
降車場に着いても立ち上がる人もいない。車内も静かなままです。
運転手さんも少し不思議そうにしていましたが、そのままバスを停めて扉を開けました。
夜の停留所が、ただ白く照らされているだけでした。
誰も乗ってこないし、誰も降りません。
数秒待って扉が閉まり、また発車します。
誰かが間違ってボタンを押しちゃったのかなと思いました。
誰も押していないのに
ところが、その少しあと。
また、「次、止まります」アナウンスが流れるんです。
今度こそ周りを見回しました。
前の方に座っている年配の男性は眠っているし、斜め前の女性はスマホを見ている。
バスはまた停まり、また誰も降りませんでした。
気味が悪くなってきました。
押し間違いではなさそうだし、ボタンの不具合か……?
バスは夜の街を進み、人はパラパラと降りていきます。
やがて乗客は私だけになりました。
それなのにまた、「ポーン」と音がしたんです。
「次、止まります」
……私は押していません。このアナウンスが流れるなんてありえないんです。
バスはゆっくり停まり、運転手さんはバックミラー越しに車内を一度見てから、静かに扉を開けました。
誰も降りないはずなのに、運転手さんはじっとバックミラーを見ていました。
まるで、誰かが立ち上がって前まで歩いてくるのを待っているみたいに。
やがて扉が閉まり、発車します。
運転手さんはミラー越しに私を見て、少しだけ困ったように笑いました。
「たまに、あるんですよね。誰も押してないのに止まること」
何も言えませんでした。
最後の乗客
私の降りる停留所が近づいて、ようやく自分でボタンを押しました。
聞き慣れた電子音がやけに大きく響きます。
バスが停まり、私は急いで降りました。
降りるとき、運転手さんが「お気をつけて」と言ったあと、またじっとバックミラーを見つめていました。
その日以来、どうしても帰りが遅くなったときは、タクシーを使うようにしています。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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