戻されるまな板
高校の頃、スーパーの総菜部でアルバイトをしていました。
部活が終わったら帰り道のスーパーに裏から入って、そのまま3時間ちょっと働いて帰宅する。
閉店間際なので調理自体はそんなになくて、火を止めて洗い物をして、片付けが中心の仕事でした。
厨房の片付けって、料理の腕はそんなに問われない代わりに、けっこう力仕事が多いんです。
油の処理とか、大量のゴミ捨てとか。
包丁とまな板を洗うついでにシンクをきれいにして、水滴を残さないように拭きあげて、おしまいです。
包丁はふつうの、家庭用のものなんですが、まな板は大きな業務用のもので、乾かすために壁際へ立て掛けるのが決まりでした。
夏休みに入って、初めて朝帯の時間に出勤すると、一枚だけまな板が作業台の上へ戻っていたんです。
誰かが片付け忘れたのかなと思って、何も気にせず洗い直して立て掛けました。
おかしいのが、翌朝も同じように一枚だけまな板が調理台に置いてあるんです。
閉店時の作業を教わるとき、かなり口酸っぱくいわれた覚えがあります。
まな板は全部きれいに洗って、立て掛けて乾かしてねって。
夜シフト全員が守ってるはずなのに、朝になると一枚だけ作業台へ戻っています。
誰も気にしない
気になって先輩に聞いてみました。
「あのまな板、毎朝誰が出してるんですか?」
すると先輩は包丁を研ぎながら、「あー、そうだね」と曖昧な返事を寄越しました。
「あれはずっとだからね」
周りの先輩もそうそう、と頷いたりして。
新人の自分だけが気味悪がっているようでした。
業務用の冷蔵庫もありますから、事故防止の防犯カメラも設置されていました。
確認しましょうよといったんですが、相手にされません。
「見てもしょうがないから」
話はそれで終わってしまいました。
閉店後の厨房
ある日、久しぶりに夜シフトで、閉店作業が自分一人になりました。
どうしても気になって、厨房を出るふりをして電気だけ消し、裏口からそっと戻ったんです。
暗い厨房を少しだけのぞくと、立て掛けてあったまな板が一枚、音もなく倒れました。
誰かが持ち上げたような動きでした。
そのまま中空を滑るように動いて、いつもの作業台の前で止まります。
もう十分でした。
翌朝、出勤すると、そのまな板はいつものように作業台の上へ置かれていました。
私は先輩に昨夜のことを話しました。
「だから見なくていいって言ったじゃん」
先輩はそういって、何事もなかったようにそのまな板で野菜を切り始めました。
なんの変哲もない、地元の小さなスーパーです。
今もたまに買い物に行きますが、なんとなく惣菜コーナーの前を通るときは早歩きになってしまいます。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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